2008年9月13日に、海南島でM10の大地震が発生し30M級の津波も派生し100万人規模の大被害をもたらす。とのジョセリーノの予言は、おおはずれだったようです。
昨日、海南島出身で深圳ではたらく知人にチャットしてみたところ、その噂は海南島でもひろまっていたが、誰も信じてもいない。島民の六割が大陸に非難した、ということもない、とのことでした。また、それほどの大地震なら予兆があるはずですが、なにもなかった、とも言っていました。
さて、しかしジョセリーノの予言は数日ずれる、ということも過去にはあったようだから、まだ予断はゆるされないよ、と告げたところ、彼女は、そんなことよりつぎの日曜日は中秋の名月だ、月餅は買ったか、とのご託宣でした。

そういえばそうなのです。十四日は中秋の名月、日本ではもうあまり気にする人もいなくなってしまったのでしょうが、わたしの子供時分はススキとお団子のお供えで月見をしたものでした。
シナではいまだアクチュアルな歳時記でもあります。そしてこの時分になるとこんな歌がよく聞かれます。最近では王菲という歌手のほうが若い者らには受けがよいようですが、この歌といえばやはりテレサ・テンでしょう。
明月幾時有,把酒問青天。
不知天上宮闕,今夕是何年。
我欲乘風歸去,又恐瓊樓玉宇,高處不勝寒。
起舞弄清影,何似在人間。
轉朱閣,低綺戶,照無眠。
不應有恨,何事長向別時圓。
人有悲歡離合,月有陰晴圓缺,此事古難全。
但願人長久,千里共嬋娟。
これはなんと蘇東坡こと蘇軾(1036-1101)の<水調歌頭>という詞にそのままメロデイーをつけたものなのです。およその意訳は以下にあげておきましょう。
名月はいつあらんと酒をとって青天に問う
天上に宮殿があるなら今年は何年になるのだろう
風に乗りそこへと帰れば、翡翠の楼閣や玉の御殿の寒さには耐え難い
舞えば影はわたしに従う、どうしてぞ人の世に似ていよう
朱色の閣楼めぐり、きらびやかな窓から差し込んで月光は眠れない私を照らしている
恨むのはお門違いかもしれないが、どうして月は人が別れている時に円くなるのだろう
人には悲歡離合があり、月には満ち欠けがある、この事は古来より全とうしがたいのだ
ただ願わくば人が幾久しくあり、千里はなれても姿態の美しいこの月を共にしたいものだ
解釈は古来いろいろあるのですが、わたしにはこの作者の視点は月から落ちてきた「人」にあるのだと思います。
それは「女」の姿をしているようにも思えます。その「女」が月の上での宮殿での生活を懐かしむとともに、しかし人の世の情のある世界に慣れしたんだ身としてはそこへと帰って行くことも望んではいないようです。その「女」の月上世界への屈折した思いがアレゴリーとして、別離を嘆く作者の情を表出しているようです。
それにしても、こんな千年にちかい昔の詞をいま現代において俗曲をつけて味わう、というセンスはわれわれには理解しがたいことです。

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by 丸山光三
不安な街角