本年二月より外部サイトにおいて新ブログ
<変容する世界>
を開設しております。
よろしければお立ち寄りくださいまし♪
世界はつねに変容する。
ネット社会もまた例外ではない。
イザブロガーでは珈琲好きさんがほぼTwitterに移行されました。
そして
<戦争に負けた国>のA太郎さんことやせ我慢A氏もまた
とTwitterに完全移行されました。
イザブロガーではありませんが<米流時評>さんも
でほとんど全日でずっぱりで、もうブログはほとんど放置モードです。
Twitterはチャットとブログのミックスしたようなもので、最新の情報が絶え間なく入ってくるし、それについての意見もダイレクトに交換できるのが楽しさ面白さの肝でしょうか。
また世界中のフォロワーが瞬時にまた同時にアクセスし情報や意見交換できるのもステキです。
米流さんによると、
「米国だと特にその実感あります。メディアサイトがわずかひと月で全部TwitterとFB対応に「変革」しましたから。 RT @akhk: 明日のWebを支配するのはTwitterとFacebookだ, Googleではないという説 http://bit.ly/3PuOwZ」
ということらしい。日本もまもなく後追いすることでしょう。
しかし140文字という次数制限がありますが、これはたぶんケータイ利用者の便を考慮したのでしょう。
もっと多く書きたいというヒトには
というものがありそこに書き入れたものはそのままTwitterに転送されます。またこのアプリケーションは、他の自分のブログを管理も出来、ブログ更新をTwitterで通知することもできます。そこでは写真もアップすることができ、アップロードの速度は目を見張るほどです。ゆえに写真ブログとしても快適に利用できます。以下はわたしのFriendFeedです。
さらにTwitterで書いた有象無象をそのままブログとして保存してくれるアプリケーションもあります。それは、Twilogといいいますが、以下がわたしのTwitterブログです。
それからYouTubeから好きな曲をピックアップしてDJ遊びができ、またそれをTwitterで流せるというサーヴィスもあります。Blipというのがそれですが。以下のわたしのアカウントをご覧ください。
いかがですか?Twitterをはじめるとこんないろんことで遊べちゃうのですね、もっともっとわたしの知らないサーヴィスが提供されていて目がくらむほどです。ブログに割く時間も惜しい、と感じる方がこれからもどんどん増殖することでしょう。
ということで
わたしも基本的にはあちらの世界へ移動することにします。
みなさんもTwitterの世界へいらっしゃいまし♪
『米流時評』さんが今現在テヘランの実況中継の連絡係をされていて
Twitterで刻々とリポートされています。
以下にアクセスしてください。
ちなみに最新情報を引用すると、
「NIR(イラン革命軍?)のコマンダー(司令者)から革命戦士たちへ。援軍が到着する4時過ぎまで、現状の位置で待機するようにとの指令。 (注:NIRは、イラン革命軍?初めてベールを脱ぎました。National Iranian Revolution なのでしょうか)
敬愛する宮崎正弘氏のメルマガ、 「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」 、 平成21年(2009年)10月31日(土曜日)、 通巻2756号 (10月30日発行)
に以下のような記事があったので拡散します。
<引用開始>
謹告(転送歓迎)
産経新聞も拙編著『シナ人とは何か』(展転社)の広告を拒否してきました
@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@
宮崎正弘と内田良平研究会の本、産経新聞も広告を断ってきました。
書評にも取り上げてはくれない由です。
表題の「シナ人」がいけないそうです。侮蔑語と認識されているのがマスコミ業界ゆえに「シナ」と冠されて書物は広告もいけない。
英語CHINA、フランスではシノ、イタリアでチーノ、なぜ日本だけがシナと書くといけないのでしょうか?
これは一種『言論の自由』にかかわる事件です。
というわけで拙編著『シナ人とは何か』は新聞に広告が載らないことになりました。
宮崎正弘 + 内田良平研究会 編著
『シナ人とは何か 内田良平の『支那観』を読む』(展転社)
(定価1995円、送料無料。アマゾンの申込先 ↓)
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4886563406
読者の皆さん、普及にご協力ください。
この本は『内田良平文書』(古書店で23万円します)のエッセンスであるシナ論原文も併載し、分かりやすく森田忠明氏が現代語に翻訳し(名訳です)、さらに多くの論客が解説をした画期的な内容の、古典としても十分通用する書籍です。
お近くの図書館に購入希望のリクエストをだしていただくとか、書籍普及のためにご協力を仰ぎたいと存じます。
◇
<引用終了>
わたしもこのブログの開始当初から「中国」のかわりに<シナ>をChinaの意味に使用していますし、その理由は何度も述べてきました。
それは「中国」という政治的宣伝に抗するためだけではなく、学術的にもそれが正しいからです。
しかし日本における「閉ざされた言論空間」はいまも有効らしく、いままで「中国」を使用していた宮崎氏がその著書のタイトルに<シナ>を挿入したところ不合理な、しかし日本という連合国(米国、シナを含む)の占領状態を抜けきれない属国においては当然のごとくパージされることになったようです。
一部の常識ある記者さんたちの努力にもかかわらず、どうやら産経は連合国(United Nations,今は「国連」と捻じ曲げて訳される、またそれも「閉ざされた言論空間」の表徴ではあるが)による占領体制、すなわち「戦後レジーム」体制を維持したいようですね。
朝日や毎日という反日ファシズム同様に、産経も沈没する運命なのでしょうか?
大島信三解説委員、福島香織記者の退社も、ああそうか、とうなずけるというものです。
米国の過去にしでかしたこと、現在していること、将来やろうとしていることをを見て反米を唱えるならまさに「やつら」の思う壺ではないでしょうか?
わたしはかって「中国病」に深く毒されたシナこそ世界を滅ぼす元凶と考え、これを支配する中共を打倒することが世界のためだと信じてきました。
そのためには独自の防衛力を憲法により阻害されているわが国にできることは、日米安保条約による防衛力に依拠しつつ、米国の世界戦略の変化にもとづき日本が独立した防衛力をもつ「普通の国」に脱皮することが肝要であると考え、そのようにこのブログでも述べてきました。
その考えが変容してきたのは昨年春の「チベット騒動」でした。
それはあまりにできすぎた脚本のように思えたのです。何かおかしい。
そして昨秋のリーマンショックです。その事件は米国とその同盟国日本、さらには米国と金融で結ばれた国々の国民へ深い反省を促すことになりました。
世界の危機を作り出しているのは中共統治下のシナではなく米国ではないか、と。
がしかしそれも正しくはないでしょう。
敵は米国ではなく米国を支配するいわゆる「闇の勢力」なのです。そして今「やつら」は米国国民に対してあからさまな挑戦をしかけています。
米国国民こそ「世界新秩序」に対する戦いの最前線に立っているのです。
<アセンションに向かって / Ascension アセンションした魂のワンダフルライフ>
さんが
『Monopoly Men』~Federal Reserve Fraud~日本語字幕版
というヴィデオを紹介しています。
非常に異議意義あるものと認め、ここにこれを拡散します。いわゆる「陰謀論」を軽視する方たちにこそ見ていただきたいと思います。
いわゆる「民主主義」国では商業・経済・金融により、独裁国家では政治権力により支配されているのがメディアです。そしてそれは「報道」機関ではなく宣伝機関であることは「民主」と独裁とを問わず同様でしょう。
さて独裁国家はさておき「民主」国家群を支配するのが国際金融であるということが目と耳を持つものにはいよいよ明瞭になってきました。
そして世界中のどこよりも「民主」的であるはずの米国でどす黒い計画が進行している今、メディア支配をぬけでた米国国民が世界中にメッセージを送っているのです。
米国政府は中共政府同様に世界に敵対する政府ですし米シ両国によるG2支配を企てていますが、これに戦いをいどむ米国国民にエールを送りたいと思います。
米国国民は、その主観においてはどうあれ、やはりメディアという権力の支配を受けている日本とシナ両国国民の前衛として戦っているのですから。
こちらドイツでも豚インフルの予防接種が開始されましたが、まずは医療関係者、消防署員、警察官などに優先順位を与えるそうです。
しかし上に加えて政府閣僚や軍人などは一般国民とはちがう種類のワクチンを接種するということで、ワクチンに対する疑念は強まるばかりです。
さてドイツでワクチン接種が開始されるのと同時に、オバマ大統領が<H1N1非常事態宣言>を発しました。(なぜかYouTubeではすでに削除されました。)
関連の映像を以下で、
さらにYouTubeでは、
しかしなんで戒厳令にあと一歩の非常事態宣言がだされなければならないのかいまひとつ不明瞭です。
以下の記事が参考になるでしょう。
<クレアなひととき>さんの『2009年10月25日という日に』
オバマの<非常事態宣言>と同時に米国ではオンラインバンキングが不能となっているようです。
なにか下心があるのでは、と疑惑をもつのは自然なことでしょう。
いわゆる「陰謀論」という、得体の知れない「闇の権力」の「世界新秩序」に対する警告がどうやらますます信憑性をましてきたような気がします。
非常に危険な鳥インフルではなく、豚インフルが急浮上してきたのはなぜか?
通常のインフルよりさらに弱毒性の豚インフルがなぜ問題視されるのか?
またそれが蔓延しているという風説は誰から流されているのか?
さらに今どうして非常事態宣言なのか?
答えは、これなどが参考になるでしょうか。
ワクチンの長期的副作用として、たとえば不妊性を高める、ギラン・バレー症候群を誘発する、などがとりざたされています。
米国政府はそのような危険性のあるワクチンを非常事態宣言により強制接種しようとしているようです。
どうやら世界は途方もない場所へと突入しているようです。
ここのところわたしのエントリーをご覧くださった皆様には以下のような記事にはオヤッと思われたことであろう。
「9月下旬のドイツ総選挙で勝利したメルケル首相が率いる保守のキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)と中道、自由民主党(FDP)は24日、「脱原発」政策の修正などで一致、連立政権樹立で最終合意した。」(「ドイツ、保守・中道連立で最終合意」、共同)
共同トイレの落書きだから、と見逃さないでほしい。
これは、この記事を書いた記者殿がドイツのことをまるでわかっていないか、故意に言葉の定義を混乱させようとしているかのどちらかである。はたしてどちらか?
メルケル首相が自党を中道と位置づけていることはわたしの以前のエントリーでもふれた。
そして今回の総選挙で躍進したFDP(自由民主党)がごりごりの自由原理主義政党であることも同様に触れておいた。つまり米国共和党亜流の「保守」政党である。
しかしこの記事ではそれが見事に逆転しているのだ。
さらにしかし、CDU/CSU同盟が中道を掲げる保守政党であることに間違いはないのであり、労働局(Arbeitsamt,現在はArbeitsagenturと名前を変えたが失業者救済を任とする役所であることに変化はない)は必要ない廃止すべき、と訴える党首をいだくFDPは社会民主主義を伝統に持つ欧州とドイツ政界においては保守とはいえずいわば自由主義「改革派」である。
いかがであろうか?言葉の定義とゲンジツ的機能がこのように混乱し言葉が浮遊している状況は日本と同じである。
共同という他国の意を受けてわが国において宣伝活動を展開する情報機関(ですよね、まさか報道機関と思われている読者はよもやもう存在すまい)が、このような「記事」を配信することの意味をついつい深読みしたくはなりませんか。
以前のように校正しようとしてあまりにひねくれた悪意のため放棄した。こんな宣伝がまわりまわってわが国の「保守再建」に悪影響を与えていること、よくお分かりのことと思う。
わたしのいう、保守再建は中道路線で、というテーゼが理解されないのも故なしとはいえないのがよくわかった。敵は保守という定義をあくまでも混乱させ、いわゆる保守派の分断を図りたいのである。
だから、保守派の皆さん、「保守」という言葉にこだわってはならない。要は保守を実行することであって看板はなんでもいいのである。
衝撃の訃報から日々がすぎるとともに悲しみも薄れる。
しかし今日、レスリーさんがエントリーした高中正義による「泣きのギター」を聞いて昔のことを思い出してしまった。
それは日本で最初のピエールバルーのコンサートについてなのである。
ピエールバルーは映画『男と女』で、「女」の回憶シーンにでてくる脇役として名をうったシャンソン歌手である。
実はそのころ好きだった彼女の好みの歌手であるという理由で聞き始めたのだが、いつしかその世界に自らはまり込んでしまった。
1982年、『花粉(Le Pollen)』というアルバム、当時はLPであったが、加藤和彦のプロデュースで発売となった。たしか日本限定発売だったかもしれない。
そこでそのプロモーションとして彼の日本初公演がその年の十月(ちょうど今頃の季節だったと思う)、芝の郵便貯金ホールで行われた。
わたしは普通そういうコンサートには出かけない。
しかしその時、くだんの彼女は北京留学中で彼女の身代わりという気分もあってでかけてみたのだった。
パリの風味というより欧州インターナショナル的な雰囲気の演奏であった。
コンサートも終わりかけたころだったか、ステージ左手にしつられたバーにふとみると長身の男がすわっている。加藤和彦だった。
しかし彼はただそこにすわって演奏に聴き入るばかりで、大方の聴衆が期待していたようには演奏に参加することはなかった。
いま、そのトノバンの長い足をバーの椅子からなげだすそのシルエットが脳裏によみがえってきた。そしてピエールバルー風というより、はっきりいってトノバン・サウンドが耳に響いているのだ。
もういまはピエールバルーを聴くことも少なく、またトノバンも逝ってしまった。
北京へ留学した彼女はそこで知り合った米国人とともにそのまま米国へと去ってしまった。
しかしあの時暗い雨の芝の夜に舞っていた「花粉」は、わたしの中に着床しそして何ものとも知れぬ芽を出し葉を広げていたのだった。
それから二十数年がたったいまでも花が咲く気配は、ない。
ただあの冷たく暗い雨が降り続いているその音に耳を傾けるばかりなのだ。
中共による四兆元(換算52兆円日本円)だかの内需拡大のための投資から約一年がたった。
日本と同レベルにまで膨張したその国家予算約80兆日本円に比較してそのあまりの膨大さと裏づけのない紙幣乱発が容易に見て取れる投資であったが、「予想通り」GDPを押し上げたようだ、めでたしめでたし。(棒読み)
しかしその莫大なる投資は案の定、株と不動産市場に流れ一時的バブルを作り上げただけのことで、実体経済頼みの綱の輸出産業は壊滅状態であることに変化はないようだ。
この春ほぼ半分の工場が倒産した深圳のおもちゃ産業であるが、残りの半分も早晩危ないといわれていたがその後どうなったか続報がないところを見ると無事に清算、もとい生産を続けているのでしょうね(とまた棒読み)。
しかしあの「健国」60周年を祝う大閲兵では、本当のところいったいいかほどの国富が浪費されたのか実に興味はつきない。あれだってGDPを大きく持ち上げるに貢あったにちがいないのだ。
しかも大いに国威を発揚したについては先の北京五輪につづく快挙であった、と中国病患者たちは実に溜飲を下げたもようである。
彼ら彼女らの気持ちもわからないわけではない。
中共の洗脳歴史教育を差し引いてみても同情に値する近現代史しかもたない彼ら彼女らにとっては、自国と自民族が他国と他民族に侮られることなくさらにはかってのシナ帝国がごとく畏怖と尊敬の目をもって遇されることを望む、その心理状態には頷かざるをえぬ。
しかしながら何時までもそんなトラウマ回復にこだわるつもりなのだろうか?
世界最大の超大国米帝を経済軍事力ともに大きく凌駕するまで止まぬ、ということならその中国病が治癒する希望はない。
金融という名の博打頼みの米国経済がいよいよ沈没するその日は、戦略上利ありと打算してあまりに深く米国国債購入にコミットしてしまったシナ経済は米国と運命をともにする憂き目に遭うに決まっているからだ。
がそれにしても国家運営、国家戦略などの視点から見ると中共はやはりよくやっていると素直に認めよう。
少ない資本や時代遅れの軍事力を大きく強く見せかける手腕には、故意にかどうかは知らぬが他国はすっかり篭絡されているではないか。
それだって彼らの生き延びるための必死のあがきとみれば実に涙ぐましい印象を与えてくれさえある。(棒読み)
少し前になるが上海で建築中のビルが見事に根元から折れて倒れた。そのことで上海に住むわが友人を揶揄すると、彼はこうわたしに答えたものだ。
「倒れたが、しかし壊れはしなかった」と。
この不屈の負け惜しみ精神こそがシナをして堂々たる経済・軍事中国、もとい「大国」としての張子を膨らませているのだなあ、と実に感心したものである。
シナ人諸君諸嬢の健闘を願って止まない。
by 丸山光三
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